September 6, 2007
それで、けっきょくわたしは、
「自分たちは、なにが得意なのか。
 自分たちは、なにが苦手なのか。
 それをちゃんとわかって、
 自分たちの得意なことが活きるように、
 苦手なことが表面化しないような方向へ
 組織を導くのが経営だと思います」と、
たしか言ったと思います。
August 13, 2007
あなたがたのうちだれが、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。(マタイ 6:27)
August 9, 2007
すべてがどんどんマニアックになっていくわけだ。1つのジャンルに集まる人の数が減るから、受け手一人当たりの出資額はどんどん増える方向である。エンタテインメントも大量消費の時代ではない、ということ。
むしろ、「読むために書く」に気持ちを切り替えた方がいい。
August 8, 2007
だから、その時点でできるすべてをかけた、というのは、その最初の瞬間の観測である。出来上がった時点のことではない。どんなものでも、必死になって作ったことがある人ならば、それがわかるだろう。完成したときに浮かぶ第一のものとは、「次はもっと上手くできるだろう」という確かな予感である。だからこそ、幾つも幾つも、つぎつぎに創るのではないか。もっと上手くできるはずだ、と思えること自体がとても幸せな状況といえる。
「私と、私の財産と、どちらが私の大事な人を幸せにするのだろう」、と。
August 5, 2007
別にどっちが上とか下とか、なりたいとかなりたくないとかの問題ではない。
社会システムの中枢を担う大規模プロジェクトの中で理論設計を行う人材も、オープンソースOSやライブラリの開発等を通じて社会全体の基盤を間接的に支える人材も必要だし、また前者の元で働くコーダの方々まで含めて、みな社会に欠けてはいけない人材であるわけだし、各人の興味や熱意、適性等に応じて適職につけばよいだけの話。
毎日スコップで温泉を掘る生活を続けていると、ネットストーカーの人々のことを忘れてしまいますし、毎日ネットストーキングをしていると、仙人のことを忘れてしまいます。 忘れるのが悪いのかというとそうでもなくて、悪い部分はひとまずどこかに置いておいて、良いっぽい部分を成長させたほうが、効率が良いような気がしますね。
August 1, 2007
しかし、最近は「それって既にある技術だ」とか「他にはこれもある」のような邪念が働いてしまい、学習に対する真面目さが失われてしまったのではないかと思う事があります。
開発者が(また)車輪を再発明することを望んでいる人はいない。しかし車輪の仕組 の解説を読むというのは、自分で作った車輪を乗り回す経験には遠く及ばない。